プロフェッショナリズムを追求する旅

戦略コンサルタントという理解し難い職を通じて感じるところ等々、徒然に書いて行きます

若手の価値の出し方

20年程、コンサルファームで働いているが、ファームでの仕事の進め方はこの間にかなり大きく変化していると感じる。

顧客側からの要求などの変化も有るし、属する人材の質の変化など、色々な要素が影響しているが、最も大きいのは情報収集に関するツールの変化だと思う。SPEEDAなどに代表されるが、Googleで見付けられる情報も随分と変わった。

(ちなみに、私がコンサルタントになった時にはGoogleというサービスはまだ殆ど知られておらず、Googleの日本法人も設立されていなかった)

 

これによって、若手の価値の出し方はかなり変わった、というか難しくなったと思う。

正確に言えば、私自身、まだ、今の時代に即した若手の価値の出し方というものを見出し切れていない。

言い方を変えると、最近の案件において、若手スタッフ(アナリスト~アソシエイト前半レベル)を入れる価値を見出し切れない。

プロジェクトの一時期においては「作業者」として必要な場合も有るのだが、プロジェクト全体を通じて必要とは限らない。

 

昔はある意味では簡単だった。

とにかく徹底的に調べ上げる、分析をする。これらの作業自体が顧客に対する大きな価値に繋げることが出来た。新しい情報を見付ける、膨大なデータ分析を通じて新たな発見をするなど。

この点について、今は殆ど価値が出ない場合も多い。

外部分析については、システムツールで代替したり、専門調査会社から情報を買う/外注する方が精度高く安かったりする。

内部分析については相変わらず作業者は必要なのだが、これも調査・分析結果から洞察を示せるレベルでない限りはあくまでも「作業者」。

外注コンサルの質も以前よりは随分と上がったし単価も安い。学生のスペックも上がって来ているので、学生で代替できたりする。つまり、単に作業をしているだけだと厳しい。

 

前職時代の最後の方で、BDD案件を内定者(学生)のバイトだけで回したことが有る。そして、これで全く問題無く回し切れてしまった(と言うか、優秀な内定者だったことも有り、アソシエイトとアナリストを含めて体制を揃えた別案件よりも遥かにスムーズに回せてしまった)。

私が若い頃のアナリストの作業の殆どは、今は半自動か、せいぜい学生のバイトで代替出来てしまうということ。前述の学生バイトだと、確か日給1.5万円とか2万円。その程度の価値に成り下がっている。

そうすると、別の価値を見出せなければ存在意義がなくなる。

(ここ10年程、業界全体として好況だったのでその意識が無くても良かったが、これからはかなり重要になるはず)

 

取り敢えず、与えられた作業を迅速に、正確にこなすことは大前提。

これはいつの時代も変わらないが、上位者の仕事を1時間減らせれば、上位者は1時間、付加価値を生む仕事をできる。その中でも一番手っ取り早いのは、レビュー時間を減らすことだと思う。

ここは頑張ればできるようになる。これができるようになるまでは「量」の勝負。基本的に入社から遅くとも2年以内には達していることが不可欠。

 

そこから先が問題。

 

前述の通り、私もここから先の価値の出し方について考えを明確にできていない。

取り敢えず、若手を使っていて価値を感じる時を考えると、

  • 「素朴な疑問」をぶつけて来て、私自身が固定観念に染まっているということに気付けた時
  • 世の中の新しいトレンドや価値観を示して、アイディアに対するヒントが貰えた時
  • 顧客に可愛がられ、社内情報を得やすくなった時

といったようなもの。

 

経験が有る領域では、何となく経験則で物事を考えてしまったりする。そこに対して「何でこんなことやるんですか?」といった素朴な疑問は、経験が無いが故にできること。これは重要。

また、世の中の新しいトレンドは、おじさんでは付いて行けない。ましてや、若い人の価値観などは全く理解できない。情報感度を強く保ち、仮説に対して「こういったことをやっている企業が有る」といった情報を被せてくれるのは非常に有難い。

「可愛がられる」のも年齢では30代前半位、職位で言えばアソシエイトレベルまでだと思う。逆に、その後も「可愛がられる」存在だとすると、それは、コンサルタントとしての本来の価値を出せていない可能性が高い。

 

こういった切り口だろうか。

 

この点については、今後もう少し考えたい。

もしも考えをお持ちの方が居れば、是非ご意見を頂きたい部分でもある。